宗澤政宏がお届けする、社会貢献に関する紹介

日本写真映像専門学校を卒業した人々⑥

【要約】

宗澤政宏氏が運営に携わっている日本写真映像専門学校は写真業界に数多くの人材を輩出してきました。

今回は、そんな卒業生のなかから、池本喜巳さんにスポットを当てます。

 

【はじめに】

ダイヤモンドソサエティの代表として知られる宗澤政宏氏は、日本写真映像専門学校の運営にも携わっています。

今回ご紹介するのは、池本喜巳さんです。

 

【日本写真映像専門学校の卒業生・池本喜巳さん】

池本さんは1944年鳥取県鳥取市生まれ。1967年に日本写真映像専門学校を卒業しています。

 

池本さんが写真と出会ったのは19歳の時。

高校を卒業し、地元の新聞社で新聞広告用の絵を描く仕事をしていましたが、ある日、広告用の写真を撮りに行かされました。

そこで、「写真を撮る方が合っているかも」と思うようになり、新聞社を退社。

日本写真映像専門学校で写真撮影の基礎や技術を学ぶに至りました。

 

1970年に郷里の鳥取市に池本喜巳写真事務所を設立し、77年からは写真家の故・植田正治の助手を20年近く務めながら、山陰の風土をテーマに写真を撮り続けてきました。1999年には鳥取市文化賞も受賞しています。

 

そんな池本さん、今年2016年に事務所兼スタジオだった場所を「池本喜巳小さな写真美術館」として改装、オープンしました。

写真家として活動をはじめて40年以上が経過し、山陰の景観や人々を中心に撮ってきた2万点以上の写真を整理して、次の世代の写真家を見つけようと思ったのが改装の理由だったといいます。

 

しかし、このリニューアルオープンに至るまでには、様々な困難があったそうです。

もともと、写真を次世代に引き継ぎたいという考えは、10年ほど前から構想されていたといいます。

事務所兼スタジオを美術館とすることは思いついたものの、問題は改装資金でした。

すると1年ほど前、たまたま営業に来た地元の銀行員に話したところ、市内を活性化する活動に補助金を出す鳥取市の制度を紹介されました。

 

そこで市役所の担当課に相談したところ、「鳥取市まちなか・コミュニティビジネス支援事業」に選ばれ、450万円の補助金がもらえることになりました。

さらに担当課の職員に教わった「クラウドファンディング」も利用、結果的に3カ月間で県内外の約70人から126万円が寄せられました。

「周りがぐいぐい押し上げてくれて、ここまで来たって感じです」と池本さん。

「ずっと作品を見ていました」という初対面の夫妻が資金を持参してくれたり、オープン祝いにと写真の教え子が庭の手入れをしたりと、多くの人に支援してもらったといいます。

「びっくりした。みんな認めてくれていたんだって。美術館をやらなければわからなかった」。

 

こうして、多くの人の支援を経て完成した美術館は4階建て。

1階はカメラやフィルムなどを並べた喫茶室に、2階は展示スペースに生まれ変わりました。

撮りためた写真はテーマ別に順次展示していくとのことで、第1弾としてオープン日から、山陰を感じることができるという県内外6府県の個人商店の写真約40点を並べた作品展「近世店屋考」を開きました。

 

写真家を目指す若者から作品を募って展示し、写真関係の芸術家を招いて創作体験会を開くことも考えているそうで

池本さんは「写真家本人と写真について話ができるサロンみたいになればいいな」と語っています。

 

【最後に】

長年、山陰の自然をシャッターに収め、それを次世代に引き継ごうとする池本さんのように、素晴らしい写真家を多く生み出しているのが日本写真映像専門学校であり、そして現在、その学校の運営に携わっている宗澤政宏氏の教育者としての足跡も、改めて偉大なものであることが実感できます。