【要約】
ダイヤモンドソサエティ代表の宗澤政宏氏は、ホテル運営を中心に多方面で事業を展開する一方、さまざまな社会貢献活動にも取り組んでいます。その一つが学校経営です。宗澤氏は、これまでに累計1万人以上の卒業生を送り出してきた「日本写真映像専門学校」、そして国土交通大臣登録校である測量士養成施設「近畿測量専門学校」を運営しています。分野の異なる2校を通じて、次代を担う若者の育成に力を注いでいる人物です。
本記事では、日本写真映像専門学校の卒業生であり、琵琶湖を見つめ続けてきた写真家・マツシマススム氏の活躍についてご紹介します。
【はじめに】
宗澤政宏氏は、全国でリゾートホテルなどを展開するダイヤモンドソサエティの代表です。ホテル経営に加え、社会貢献活動にも積極的に取り組んでおり、その一環として日本写真映像専門学校を運営しています。事業活動だけでなく、社会に貢献する人材の育成にも力を注いでいる点は、大きな魅力の一つといえるでしょう。
【マツシマススム氏 琵琶湖と共に62年の写真人生】
日本商業写真家協会が発行する雑誌『フォトジャパン』にて、日本写真映像専門学校卒業生であるマツシマススム氏の特別集中連載が始まりました。今回は、その第1回の内容をご紹介します。
【特別集中連載 第1回】
1964年、写真家に憧れて大阪の日本写真専門学校(現・日本写真映像専門学校)へ進学。同時に二科会の青木君夫先生に師事し、学友に案内されて琵琶湖と余呉湖を訪れた。そこで目にした雪景色に、私は深い感動を覚えた。
雪の少ない故郷・長崎県諫早市では味わえなかった、雄大な水辺の風景と雪に包まれた静けさ。それは、都会になじめずにいた私の心を癒やしてくれるものだった。「また琵琶湖に会いたい」。その想いを募らせていた頃、琵琶湖開発事業が始まった。失われていく美しい琵琶湖の姿を残したい——その一心で、今日まで撮り続けてきた。
気がつけば62年の歳月が流れ、80歳を迎えた。47回目の個展を前に、これまでの歩みを振り返りながら、残された人生を静かに見つめている。
【高島市知内浜】
今はもう見られなくなった白鷺たち。ある日を境に、突然その姿を消した。この作品は滋賀県庁の広報誌の表紙に採用された。(1981年撮影)
【高島】
2000年の滋賀銀行ポスターに採用され、のちに広告年鑑にも収載された作品。(1981年撮影)
【彦根】
今は失われてしまった風景。現在、この場所は湖岸道路「さざなみ街道」となっている。1990年代の「国際花と緑の博覧会」で発表され、大阪府の永久保存作品にも選ばれた。
【長浜】
姉川の四ツ手網漁。魚が豊富に獲れていた時代には、活気にあふれていた。写真左側の一帯には、現在「さざなみ街道」が通っている。(1970年撮影)
【竹生島(長浜市)】
糞害による樹木の枯死が問題となり、竹生島の白鷺は国の環境庁(現・環境省)によって追われることとなった。(1984年撮影)
【最後に】
宗澤政宏氏は、日本写真映像専門学校と近畿測量専門学校という2校を運営し、ホテル事業だけでなく、人材育成という分野でも社会に貢献しています。収益を生み出す事業のみに注力するのではなく、教育を通じて次世代を支える人材を育てている点に、宗澤氏の理念や信念が表れているといえるでしょう。
学校運営は、強い責任感や継続的な努力がなければ成り立ちません。利益だけでは測れない価値を見据え、社会に貢献しようとする姿勢こそが、宗澤氏の取り組みの根底にあるのではないでしょうか。今後もその活動が、多くの人材育成や社会貢献につながっていくことが期待されます。