宗澤政宏がお届けする、社会貢献に関する紹介

マツシマススム氏連載2

【要約】
ダイヤモンドソサエティ代表の宗澤政宏氏は、ホテル運営を中心に多方面で事業を展開する一方、さまざまな社会貢献活動にも取り組んでいます。その一つが学校経営です。宗澤氏は、累計1万人以上の卒業生を送り出してきた「日本写真映像専門学校」と、国土交通大臣登録校である測量士養成施設「近畿測量専門学校」を運営しています。異なる分野で活躍する若者の育成に力を注いでいる人物です。
本記事では、日本写真映像専門学校の卒業生であり、琵琶湖の風景を長年撮り続けてきた写真家・マツシマススム氏の活躍についてご紹介します。

【はじめに】
宗澤政宏氏は、全国でリゾートホテルなどを展開するダイヤモンドソサエティの代表です。ホテル経営にとどまらず、社会貢献活動にも積極的に取り組んでおり、その一環として日本写真映像専門学校を運営しています。事業だけでなく、社会に貢献する人材の育成にも尽力している点は、大きな特徴の一つといえるでしょう。

【特別集中連載 第2回】
日本商業写真家協会が発行する雑誌『フォトジャパン』にて、日本写真映像専門学校卒業生であるマツシマススム氏の特別集中連載が始まりました。今回は、その第2回の内容をご紹介します。

【近江八幡】
今は失われた橋の風景。(1974年撮影)
西の湖では、当時は鉄砲の使用が認められていましたが、現在は禁猟区に指定されています。(1971年撮影)
写真手前に写るのは真珠の養殖場です。現在では、業者は数件を残すのみとなっています。(1977年撮影)

【彦根・守山】
1987年3月28日から5月31日までの65日間、彦根市で開催された「世界古城博覧会」のポスターに採用された作品です。

【長浜市高月町 東阿閉公民館(ヤンマー会館)】
ドイツのレーゲンスブルク大聖堂を模し、高さ約30メートルの塔を備えた3階建ての洋館風建築。ヤンマーホールディングス創業者・山岡孫吉氏が私財を投じて建設し、昭和33年に完成しました。「ヤンマー会館」と呼ばれ、地元の公民館として活用されてきましたが、2024年に老朽化のため解体されました。

【ダム計画により戻らぬ風景 鷲見集落】
長浜市余呉町の最北部にあった鷲見集落は、「愛の亡霊」や「八つ墓村」などの映画のロケ地としても知られていました。1995年、丹生ダム計画に伴って住民は移転し、集落は廃村となりました。しかし、その後ダム計画は中止となり、現在は雑草が生い茂るばかりで、かつての面影はほとんど残っていません。(1976年・1977年撮影)

【菅浦の舟だまり】
琵琶湖と険しい山々に囲まれた隔絶的な環境の中で、独自の歴史と文化を育んできた集落。中世には独自の掟を持つ惣村を形成し、厳格な自治と強い境界意識を保ってきました。かつて西と東にあった舟入は、菅浦漁港の整備に伴って埋め立てられ、写真に写る舟だまりの跡地は現在、道路になっています。(1974年撮影)

【東近江】
永源寺ダム。水不足の影響で、ダム湖に沈んだ家屋が見えていた時期がありましたが、数年後にはその姿も見られなくなりました。(1981年撮影)

【京阪百貨店にて個展開催】
写真集『琵琶湖私景』から全紙130点を展示し、入場者数は6,200人にのぼりました。また、京阪電車の各車両に1点ずつ作品が車内吊りポスターとして掲出され、私の人生の中でも最も輝かしい時期の一つとなりました。

【最後に】
宗澤政宏氏は、日本写真映像専門学校と近畿測量専門学校という2校を運営し、ホテル事業だけでなく、人材育成という分野でも社会に貢献しています。収益を生み出す事業のみに注力するのではなく、教育を通じて次代を担う人材を育てている点に、宗澤氏の理念や信念が表れているといえるでしょう。
学校運営は、強い責任感と継続的な努力がなければ成り立ちません。利益だけでは測れない価値を見据え、社会に貢献しようとする姿勢こそが、宗澤氏の取り組みの根底にあるのではないでしょうか。今後もその活動が、多くの人材育成や社会貢献へとつながっていくことが期待されます。